目を見開き、恐怖に震えるウェンティ。
うわ言のように「なんで覚えてるの……」と声を零せば、言葉の意味が分からないと眉を顰める鍾離。
その表情に怯えるも、再度名前を呼ばれ返答を強要されればはぐらかすことなど不可能だった。
「だって、だって君、酔っぱらってたじゃないか」
言葉を詰まらせながらも泥酔していた振りをしていたのかと逆に問えば、鍾離の眉間の皺はさらに深くなった。
そして、驚くべき言葉が返された。
「酔っていたのはお前で、俺は素面だったが?」
「え……?」
何故泥酔していたと言われるのか理解できないと言わんばかりの鍾離の言葉にウェンティは絶句してしまう。
あの日――あの夜、鍾離は前後不覚になるほど泥酔していたはずだ。
だからこそ、彼は自分を『悪友』と思わず『誰か』と間違えて抱いたと思っていたのだが、そもそもの認識に誤りがあるなど予想外にもほどがある。
青褪めた顔は更に血の気を失い死人のような色になっており、思考は完全に停止してしまった。
「……まさかとは思うが、俺が泥酔して、その状態で訳も分からずお前を抱いたと思っていたのか?」
抑揚のない声に、息が止まる。
眼前にある顔からは感情が伺えず、言わずもがな彼の怒りがひしひしと伝わってきた。
彼を纏う風がどうであるかなど感じなくとも分かる。
理由はともかく、彼の逆鱗に触れてしまったのだと理解したウェンティは必死に声を絞り出して彼の名を呼び許しを請おうとするのだが、冷ややかな眼光に唇がパクパクと動くだけで音は出てくれなかった。
「何を言う気だ? もしも謝罪の言葉を口にする気だと言うのなら、俺はそれを聞き入れる気は無いぞ」
「っ」
明確に示される拒絶の意思に、心が凍り付く。
ウェンティの瞳は絶望に見開かれ、そして次の瞬間、美しい翡翠が溢れる涙に揺らいだ。
ボロボロと零れ落ちる涙。それはウェンティの半面を濡らした。
「泣くな。むしろ泣きたいのは俺の方だ」
涙を拭いながらも顔を歪める鍾離の言葉に、泣き止むことが更に難しくなる。
ウェンティは嗚咽を漏らし、言葉にならない声で彼の名を呼び許しを請おうとした。
だが、言葉とは呼べない音では勿論鍾離には何一つ伝わらず、耳に届く溜め息に絶望は増すばかりだ。
「ご、っめ、もら、っ、くすっ、ごめ、ごめっ」
「バルバトス」
「ひっ」
嗚咽どころかしゃっくり交じりに泣きじゃくるウェンティ。
呼ばれた名前に慄き声を詰まらせれば、それまで顰め面だった男の表情は一変し、何故か悲しげに微笑みかけられた。
「俺はあの夜、酒は飲んだが酔ってなどいなかった。相手がお前だと分かった上でお前を抱いた。……バルバトス、それが何故だか分かるか?」
優しく諭すように投げかけられる問いかけ。ウェンティはまだ涙を流しながらも呆然と首を横に振るのだった。