TREMOLO [ANNEX]

ゆらゆらぎが運営する同人系個人サイト

君の知らない物語

29



「おや! 其処に居るのはウェンティさんじゃないかな!?」
 待ち合わせの時間よりも少し早く璃月港に着いたウェンティが美しい海原を見つめて誰に聴かせるともなく詩を口ずさんでいれば、かけられるのは賑やかな声。
 きっと人一倍賑やかな往生堂の堂主胡桃だろうと振り返れば、思った通りの姿が其処にあった。そして、彼女の隣には待ち合わせ相手の姿。
 浮かれて早く来たことがバレてしまったと少し気まずいが、表情にはおくびにも出さず笑顔で挨拶を交わすウェンティのポーカーフェイスは健在のようだ。
「やっぱりウェンティさんだ!」
「こんにちは、胡堂主。それに鍾離先生も。二人揃って市場に買い出しかな?」
 駆け寄って来る元気な女の子に笑顔を見せ、彼女を追うようにゆっくりとした足取りで此方に歩み寄って来る鍾離にも同じく笑ってみせた。
 胡桃は問いかけにそうだと頷き、いつも完璧な誰かさんが今日は珍しくポンコツになっててと後ろを振り返る。すると鍾離は堂主の言葉に苦笑いを浮かべ、迷惑をかけた事を謝罪した。
「驚いた。鍾離先生でもミスをするんだね?」
「残念ながら俺もしがない『凡人』。信頼を裏切ることは心苦しいが、失敗もするさ」
 いけしゃあしゃあと自分を『凡人』だと言う男にウェンティが見せるのは苦笑いだ。
 隣にいた胡桃は「確かに」と頷いているのだが、それにちょっとムッとしてしまうのは彼が自分の恋人だからだろうか?
 自分以外が彼をバカにするのは許せない。なんて、鍾離のことが好き過ぎると茶化されても仕方ない。
「そうだ! 丁度ウェンティさんに話したいことがあったんだ! 今からちょっとお話出来ないかな??」
「ボクに? 何かな??」
「ほら、前に海灯祭で詩について話してたでしょ? あの話を実現したいなー! って思ってね!」
「! わぁ! いいね、楽しそうだ!」
「でしょ!? ウェンティさんならそう言ってくれると思ったよ!」
 流石私の友達! そう言って手を握って喜びを伝えてくる胡桃。そんな胡桃にウェンティは瞳を細めて慈愛の笑みを浮かべた。
(思えば胡桃がボクをあの場に呼んでくれなかったら、ボクはまだモラクスに片想いしていたんだろうな)
 きっと胡桃からすれば、あの日ウェンティを食事に誘ったことに深い意味はなかったに違いない。彼女のことだ、楽しいことは大勢で分かち合いたいという考え故の行動だっただろうから。
 だが、そのおかげでウェンティは鍾離と再会して言葉を交わすことができたし、途中色々あったものの恋人にもなれた。
 そう考えると、胡桃には感謝してもし足りないと思うのは当然だ。
 ウェンティは受けた恩を返す気概で胡桃の提案に賛同し、あれよあれよという間にモンドと璃月とで合同の詩歌大会を開催する運びになっていた。
 胡桃の行動力に驚かされながらも、彼女のためにも力を尽くそうと決めるウェンティ。
 すると、そんな二人に掛けられるのは放置されていた客卿の声だった。
「盛り上がっているところすまないが、堂主よ、そろそろ店に戻るべきではないか?」
「え? あぁ! ごめん鍾離さん! 今日この後予定があるんだっけ!?」
「思い出してもらえて何よりだ。このまま時間まで吟遊詩人殿と語らうのかと気が気ではなかったからな」
 ちらりと視線を寄こしてくる男の目に宿る僅かな狂気。
 もしかして嫉妬しているのだろうか? とウェンティが目を瞬かせていれば、耳に飛び込んでくる胡桃の言葉に思わず声を出して驚いてしまった。
 



 | 


2024-02-27 公開



Page Top