今確かに『酒を呑むから付き合え』と聞こえたのだが、これは果たして現実だろうか?
ウェンティは、もしかしたら自分は立ったまま気を失っているのかもしれないと自身の正気を疑った。
(それか、願望が強すぎて幻聴が聞こえたとか?)
いずれにせよ、きっと何かの間違いだという結論に至ったウェンティ。
だが、彼が反応を返すよりも先に鍾離の口から出たのは「俺は正気だ」という不機嫌が滲む声で、『聞き間違いではないかもしれない』と期待が生まれてしまう。
「えっと……、君の正気を疑ってるとかじゃなくて――」
「なら、なんだ。らしくない申し出だと驚いているんじゃないのか」
「それは、思ってるけど……。でも、ボクの聞き間違いとかかなぁーって思ったっていうか……」
どうしよう。彼の真意は分からないが、誘われたことが嬉しすぎて頬が緩みそうだ。
にやけそうになるのを誤魔化す為にウェンティはへらへらと締まり無い顔で笑うのだが、鍾離の眉間の皺が深くなったので反応を間違えてしまったと表情は引きつった。
折角鍾離から誘ってくれたのに、やっぱり止めておくと撤回されてしまいそうな雰囲気にその表情から笑顔は消えてしまう。
下がってゆく視線に、自分が俯いていることを知るウェンティ。
彼が何故わざわざ『酒』の席に誘ってくれたのか分からないから、おいそれと軽口も言えなくて……。
「行くぞ」
「! えっ、ちょ、もら―――、鍾離先生っ!?」
再び流れる重苦しい沈黙に息苦しさを感じていたウェンティの腕を引っ張るのは、もちろん鍾離だ。
彼はウェンティの腕を掴んだまま路地裏から大通りに足を進め、其処には多くの人々が海灯祭を最後まで楽しもうと行き交っていた。
人々の姿に、鍾離の真名を呼び掛けたウェンティは慌ててそれを訂正し、何処に行くのかと戸惑いながらも腕を引かれるがまま彼について行く。
強い力で腕を掴まれているとはいえ、決して振りほどけない程ではなかった。
だが、振りほどくことはしなかった。いや、振りほどけるわけがないのだ。
(どうしよ……、泣きそう……)
顔も見たくないと嫌悪されるほど嫌われていると思っていた。
でも、そんな相手をわざわざ引き留め、酒の席に誘うだろうか? 嗜む程度にしか酒を呑まない彼が、大酒呑みでいつもその酒癖を注意していた相手をわざわざ。
期待してはダメだと必死に自分に言い聞かせるウェンティだが、どうしたって期待してしまう。もしかしたら自分は彼に嫌われていないかもしれない。と。
昔から憧れていた存在であり、叶わないと知りながら焦がれた相手。
同じ想いを返して欲しいとは思わない。思ったこともない。
でも、できることなら他の面々と同じように優しく笑いかけて欲しいと淡い期待を抱き続けていた。
そんな相手からつい先程どうしようもない程疎まれていると知って覚えた絶望は、ただの勘違いかもしれない。
(ねぇモラクス。好きになってなんて言わないから、せめてボクのこと、嫌いにならないで欲しいよ……)
ウェンティが見つめるのは、鍾離の後姿。昔とは違う雰囲気を纏うその姿に、何故か昔の彼が重なった。