「そうだ。後ろを見て見ろ」
既に理解しているとは思うが、改めて此処が璃月であることを知らせる鍾離。彼は恋人に背後を確認するよう促した。
促されるまま恐る恐る振り返るウェンティは小さな悲鳴を上げた後、また恐る恐る視線を戻してくる。
翡翠と視線が交われば、その頬はぴくりと引き攣った。その後の行動など、鍾離にはお見通しだ。
「逃げるな」
「わー! わー! 離して! お願い離してー!!」
「それは聞き入れられん願いだ。諦めろ」
じたばたと暴れる体躯を羽交い絞めにしてやれば、腕の中で聞こえる唸り声。
やはり酔いを醒ますべきではなかったかと後悔したが、今更遅い。
鍾離は絶対に放すものかとウェンティを力一杯抱きしめた。
「く、くるしぃ……、も、らくすっ、い、いき、いきできないっ!」
「逃げないと誓うか?」
「ち、かうっ」
「その言葉、嘘では無いな? 嘘にすれば、お前の自由を制限するぞ?」
これはただの口約束ではなく、契約だ。
そう告げれば、分かってると切れ切れな声が返って来た。
抱きしめる腕を緩める鍾離。
ウェンティを己から解放しなかったのは、僅かにでも『契約』の反故の可能性があったからだ。
腕の中で荒々しい息を繰り返しているウェンティは、酷い拷問だったと涙目で睨んで来た。
「力加減って言葉、知ってる!?」
「当たり前だ。俺を誰だと思っているんだ」
「知っているとは思えない力だったと思うんだけど!」
息が出来ないというよりも全身の骨が砕けそうだった!
そう喚くウェンティに、鍾離はムッと眉を顰めて見せた。そもそも逃げようとしなければ掴まえる必要も無かったことだ。と。
「そ、れはっ、……それは、そうだけど……」
鍾離の不機嫌の理由を理解した恋人は、後ろめたいのか視線を下げた。
別に言い合いをしたいわけでも説教をしたいわけでもない鍾離はその姿に小さく息を吐くと、「酔いは醒めたか?」と尋ね話題を変えてやった。
しかし、返ってくるのは沈黙で……。
「おい。聞こえているんだろう?」
「…………ねぇ、なんで君、今の状況でそんなことなってるの……?」
意思疎通をするために酔いを醒ましたのに、だんまりを決め込まれたら堪ったもんじゃない。
つい苛立ちが声に出てしまう鍾離だったが、ウェンティが返すのは酷い困惑と、己の恋人の下肢を指差す手だった。