「あれ? もしかして鍾離さんの『いい人』、私知ってる?」
「! んんっ、……いや、何故そう思う?」
「あー! あー! やっぱり! やっぱりそうだ!! 知ってる人だ!!」
平静を装えていない鍾離に胡桃は楽しそうな声を響かせる。
絶対そうだ! と興奮気味に前のめりになると、相手が知りたいと追及する胡桃。
鍾離はそんな彼女にはぐらかすことは観念したように苦笑いを浮かべると、恋人の願いだから言えないと首を振って見せた。
優先すべきは相手の心だと言い切る男に、希望は叶えられないと察したのか、胡桃はつまらないと体勢を戻して天井を仰いだ。
「すまないな、堂主」
「いーよー。鍾離さんがその人のこと『だーい好き♡』ってことは、よーく分かったしね」
「ああ、誰よりも愛おしい相手だ」
「うわぁ! 何今の声! 凄くびっくりしたんだけど!?」
「声がどうかしたのか?」
普段の彼の声とはかけ離れた声が聞こえて驚きを隠せない。
しかしそんな胡桃に鍾離は不思議そうな顔を向けていて、無意識だったのだろうと理解できた。
理解して、本当に彼が『恋人』にベタ惚れだと分かった胡桃は、これが公になればきっと璃月港で『鍾離ロス』な人々が多々出現するのだろうなと近日中に起こりえる光景を想像し、半目になった。
「胡堂主?」
「何でもないですよー! 鍾離さんに長年片想いさせる程の人って誰だろう? って思い当たる人を探してただけですー」
「なるほど。だが、あまり詮索はしないでもらえるとありがたい。俺はともかく、相手がきっと嫌がるだろうから」
「其処は大丈夫。私の頭の中で色々妄想するだけに留めておくから!」
「ああ、是非そうしてくれ」
鍾離の言葉の端々から伝わる相手への愛情に、胡桃は余計な波風を立てぬよう見守る事にした。正直相手を知りたい気持ちはあるのだが、鍾離の様子から近々それは知ることになるだろうとも思いながら。
ともあれ、堅物だと思っていた鍾離にできた『良い人』に、胡桃は改めて祝福を伝えた。
「ありがとう、どう―――」
「? 鍾離さん?」
穏やかな笑顔が真顔になり、不自然に止まる言葉。明らかに異様な鍾離の様子に、胡桃が向けるのは何かあったのかと訝しんだ声と表情だ。
胡桃の声に我に返ったのか「すまない」と笑顔に戻る鍾離。しかしその笑顔が先程までのそれよりもずっとずっと『悪い顔』に見えるのは気のせいだろうか?
「胡堂主」
「はいはい、何かな?」
「急ぎの要件が無ければ、今日はもう帰ってもいいだろうか?」
「んん? それは良いけど……、理由を聞いても?」
何故か不穏に見える男に胡桃は『原因』を探ろうとする。だが、相手が相手だ。一筋縄ではいかないことは覚悟していた。
案の定、胡桃の問いかけに彼はこれまた悪い顔で笑い、「風を迎えに」と良く分からない言葉を返してきたのだった。