途端、走るのは胸の痛み。
起こってもいない妄想でダメージを受けるなんてと自分に呆れるが、あながち間違いではないとも思うから笑えない。
ウェンティは星が瞬き始めた空を眺めながら自分がどんな顔をしているか確かめる術がないことに安堵した。
きっと情けない顔をしているだろうことは分かっているが、それが自分の想像以上であった場合にどうなってしまうのか、想像すらできなかった。
(……ねぇ、モラクス。これは君の警告かな? いつまでも君への想いを捨てきれないボクに、いい加減にしろって教えてくれてるの?)
何度も何度も―――、もう数えきれない程何度も捧げた『祈り』。
誰にも知られることの無い胸に秘めた想いを込めて彼を模した神像に口づけを贈るようになったのはいつの頃からだっただろう。
最初はただの憧れだったはずなのに、気が付けばこんなにも恋焦がれてしまっているなんて、厳格な神である彼が知ったらどう思うだろうか。
考えることを放棄するように息を吐き出すのは、どんな答えを導こうとも決してそれが楽しいものではないからだ。
(分かってるよ。……大丈夫、もう君を想って祈ったりしないから安心してよ)
姿を見せたこの夜が明ける頃には自分はこれまで通り彼の友人であり悪友に戻るから心配しないで。
そう心の中で鍾離に語りかけるウェンティは自分の目尻から伝う液体に気付かない振りをする。
もう手放すしかない想い。夜明けとともにこの想いは心の奥深くに封印するからどうか今宵だけは愛する彼を想って泣かせて欲しい。
誰に許可を得るでもなしに震えながら息を吐くウェンティが想うのは、今頃彼を愛する多くの者達に囲まれ笑っているだろう鍾離のこと。
きっとこんな風に自分が想っていることなど露とも知らないだろうと空に向かって手を伸ばす。
風を掴むように握りしめた拳には、勿論何も掴めていない。
だが、かつて自分の一部であったそれはほんの僅かだが、いつもと違うことを教えてくれた。
(……岩の気配がする……)
風の祝福を受けているこの国の者とは毛色が異なる存在。それは岩の恩恵を受けている『人』ではなく、まさに岩そのもの――――。
ウェンティは勢いよく身体を起こし、風が運んできた先へと視線を向けた。
それが此処から離れた場所にいることは風に溶けてしまった岩の元素から分かる。だが、信じられないとその方向を見てしまうのは、彼が―――鍾離がモンドにいると言う事実を呑み込めないからだろう。
何故? どうして?
繰り返す疑問の答えは勿論得られない。
ただ彼がモンドのいると言う事実だけしかウェンティには分からなかった。
(まさか、旅人達から何か聞いたの……?)
過るのは疑念。そしてそれは愛すべき友達の裏切りを疑うものだった。
あり得ないと首を振って疑念を頭から追い出そうとするウェンティ。
しかし、得られない答えのせいでどうしてもそれは頭の中から出て行ってくれず、旅人から全てを教えられた彼が直々に引導を渡しに来たのだと辿り着いた結論に身体が震えてしまった。
「やだ……せめて、せめて夜が明けるまでは……お願い……、お願いだから……」
たった数時間。あとほんの数時間でいいから、まだ君を好きなままでいさせて……。