見つかればきっと彼は夜明けまで想うことを許さないだろう。そうでなければ催しもないのにわざわざ隣国から訪れるたりはしないはずだ。
ウェンティの頭に浮かぶのは、鍾離から逃げなければならないという焦り。捕捉されてしまえば、いくら力を使おうとも彼から逃げきることは不可能だからだ。
鍾離から逃げるため、ウェンティは風と意識を融合させて鍾離の居場所を探す。彼が居る方向に逃げては本末転倒だからだ。
問いかけに応えるように風は教えてくれる。鍾離が今、何処にいるかを。
(モラクス、風立ちの地にいるんだ……)
ありがとうと風に微笑むウェンティだが、笑顔は直ぐに物憂げなものに変わってしまう。
視線を落とし、風が教えてくれた居場所に心が痛んだ。
風は鍾離が風立ちの地を守る神像の前に居ると教えてくれた。
何故神像の前なのかと思うものの、これは自分に対する警告なのだろうとウェンティは理解した。
『全て知っているぞ』とこの場に居ない彼の声が聞こえた気がして足が竦んでしまう。
祈るように両手を組み、『お願いだからもう少しだけ許して』と彼の地に居る鍾離を想い願うウェンティ。
きっとこの願いは聞き届けられることはないだろうと思いながらも、どうしても祈らずにはいられなかった。
そしてウェンティが鍾離へと想いを馳せていたその時、何か普段とは異なる感覚を覚えた。
「な、なに……?」
まるで視界が歪むような感覚に思わず顔を挙げるウェンティ。
その表情には困惑と驚愕が滲んでいて、『何か』に気が付き戸惑っている様子だった。
(今の映像は、何? 目の前に、モラクスが居たような……)
辺りを確認するように視線を巡らせるも、鍾離の姿はおろか、人の姿すら見当たらない。
一体何だったのだろうと眉を顰めながらも、きっと彼を想うあまり彼の地に佇む鍾離の姿を想像してしまっただけだろうと無理矢理納得しようとする。だが――――。
「えっ、えっ、なにこれっ、なに―――」
先程とは違い、瞳は閉ざしてはいないはず。目の前には月明かりに照らされた美しいモンドの風景が確かに存在しており、モンド城の明かりは遠く離れた星拾いの崖からでも確認出来て人々が育む『生活』を感じることができた。
それなのに、もう一つの映像が頭に流れ込んでくる。それは先程と同じ、鍾離の姿。
此方を見上げる彼を高い位置から見下ろす視界。いったいこれは、何だと言うのだろうか?
訳が分からないと混乱するウェンティは、目を閉じ蹲ってしまう。
鍾離の姿を見たくないと首を振っても映像は止まることはなく、むしろ夜露に濡れた若草の青々とした匂いが鼻孔を擽る感覚まであることに恐怖を感じた。
自分は一体どうしてしまったのか。
鍾離を恋しく思うあまり彼がモンドに居る幻想を頭に思い描き、それをさも真実のように脳が見せてきているのだろうか?
だがしかし、彼がモンドに―――風立ちの地を守る七天神像の近くに居ることは風が教えてくれたから真実のはずだ。
つまり、自分が今見ている光景は、半分真実で半分は自分の願望が作り上げた妄想だということだ。
自分の状態を理解したウェンティが見せるのは泣き笑いで、自分が思っていたよりもずっと自分は鍾離のことが好きだったのだと痛感し、涙が零れないよう唇を噛みしめた。