TREMOLO [ANNEX]

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君のために唄う詩



 そよぐ風は変わりなく、注ぐ日差しもまた同じだった。
 だが、モラクスが空を仰いでどれぐらいの時間が経過した頃だろうか。僅かだが、風が変わったと感じた。
 モラクスは空を仰いだまま、風の変化の原因を探る。
 此処は彼が拵えた箱庭であり、彼が許可を与えた者しか立ち入ることのできない空間だ。
 過去、何人かに自由に出入りすることを許可したことはあったが、その殆どがまず立ち入る許可を求めてくる律儀な性格だった。たった一人を除いては。
「……何の用だ、バルバトス」
 空を仰いだまま、言葉を紡ぐモラクス。
 彼が口にしたのは、自身が治める璃月の隣国モンドで風神として崇められている存在の名だった。
 注ぐ日差しは暖かなままで、僅かだが柔らかくなった風は心地よく吹いている。
 一瞬、自分の勘違いかと自身の判断を疑うモラクスだったが、次の瞬間賑やかな声が耳に届いて、彼が間違っていなかったことを教えてくれた。
「やっほー、モラクス。お邪魔してるよー!」
 よく通る声は緊張感のないもので、もう何度も聞いた音とはいえ今のモラクスには騒音のように思えてしまう。
 空を仰いでいた視線を大地へと落とせば、邸宅の前で手を振る悪友の姿を確認することができた。
 重々しく溜め息を吐くモラクスは、頭を抱える仕草を見せる。
 すると、彼を纏うのは柔らかな風で、顔を挙げれば階下に居たはずの悪友の姿が目の前に移動していた。
 美しい翼を広げ、笑顔を見せるバルバトス。
 黙っていれば実に美しい存在だと思うのだが、口を開けばどうしようもなくいい加減な呑兵衛であると知っているからモラクスの眉間には皺ができるのだ。
「何故お前が此処に居る」
「えぇ? いつでも来て良いって言ったのはモラクスじゃないか。ボクはその言葉通り、来たい時に来ただけだよ?」
 ふわりとまた風が吹く。
 宙に浮いていたバルバトスはその身体を吹き抜ける風に任せるように軽やかな足取りでモラクスの隣へと降り立ち、翼を消すと彼に習うように窓枠に腰を下ろした。
 プラプラと足を宙で遊ばせながら「相変わらずいい所だね」と箱庭を褒めて笑うバルバトス。
 モラクスはその言葉が嘘でも真でもどちらでもいいと思い、「何故今此処に来た」と眉間の皺を深くした。
「だからぁ、言ったでしょ? 来たかったから来たんだってば」
「お前の言葉はまるで風だな。軽くて実体がまるでない」
「酷いなぁ。本当なのに」
「何が『本当』だ。白々しい」
 不機嫌を隠さないモラクスに、バルバトスが見せるのは苦笑い。
 いつもより辛口過ぎない? と軽口で応戦してくる悪友に、いつも通りだとモラクスは返す。
 だが本当はバルバトスの言う通り敢えて酷い言葉を選んで投げていた。
 今は楽しく談笑できる気分でもなければ、馬鹿な事ばかりして手を焼かせる悪友を叱りつける気分でもなかったからだ。
 腹を立てるなりしてさっさとこの空間から出て行くよう仕向けるモラクスは、このまま気力そのものが戻らないかもしれないと一抹の不安を覚えた。



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2023-11-19 公開



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