TREMOLO [ANNEX]

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君のために唄う詩



「……ごめん、煩かった?」
 何故演奏を中断するのかと訝しんでいたモラクスの耳に届くのは、遠慮がちな声。
 この箱庭には、自分達しかいない。モラクスが言葉を発していないとなると、バルバトスが先の言葉を発したことになる。
 モラクスの記憶では、バルバトスはこんな殊勝なことを言ってくる性質ではないはずだ。だが、現に聞こえた声は聞き間違いではない。
 モラクスは短い言葉で問いかけの答えを返し、空を仰ぎ見る。再び美しい音色が聞こえ出せば、そよぐ風がより一層心地よく感じた。
 ライアーの音色に歌声が混じったのは、それから幾ばくか過ぎた頃。
 箱庭を照らす陽の光は傾くことは無いため時の経過を知る術は無かったが、覚える微睡におそらく外の世界は闇に包まれているのだろう。
 猶も響き続ける美しい音色と歌声。
 モラクスはその場で目を閉じ、微睡に身を任せる。
 休息をとるならば、寝床に入った方が良いに決まっている。
 だが、それを理解しつつもモラクスは窓枠に背を預け、遠退く意識の中でも聞こえる音に深い眠りに落ちていった。
 やがて小さな寝息が唄うバルバトスの耳に届き始める。
 ライアーを奏で唄う声は静かな空間を包み込み、無防備な姿を見せる岩の魔神の安眠を願うように途切れることは無い。
 唄声はモラクスが作り出した箱庭の果てまで響き、穏やかな世界をより一層心地よいモノへと変えていった。
(本当、意地っ張りなじいさんなんだから)
 詩を唄い続けるバルバトスの表情に浮かぶのは慈しむような笑み。
 モラクスの描く『理想郷』を眺めていた彼は、深い眠りについただろう男へと視線を向ける。
 窓枠にもたれかかって腕組をして頭を垂れているその姿に、そんな体勢で良く熟睡できるものだと感心する。
 しかし、彼を知るバルバトスは笑みを何処か苦しげなものに変え、唄う。
 声は相も変わらず美しい。だが、紡がれる詩は、何かを耐えるような切なさを孕んでいた。
 普段のモラクスならば、こんなところでこんな無防備な姿を他者に晒すことなどしないだろう。
 彼はいつだって凛々しく、そして誰よりも強い存在なのだから。
(ねぇ、モラクス。ボクには―――ボク達には君が居てくれたけど、君はいつもこうやって一人で堪えていたの?)
 バルバトスが層岩巨淵にて厄災が起こったと知った時、同時に璃月の神が国を守るためにその厄災を封じ込めたことも知ることになった。
 厄災の名は、若陀龍王。かつてモラクスが友と呼んでいた存在だった。
 正気を失い暴走して人々を苦しめる存在となった友を封印と言う名でモラクスが屠ったと知った時、バルバトスは気が付けば璃月に向かっていた。
 そして、何処を探しても見つからないその存在に、以前彼が自分が思い描く安寧の地を創造したと言っていた『箱庭』を訪れた。
 そこで発見したのは、見ているだけで心が苦しくなるほど憔悴したモラクスの姿。
 居ても立っても居られなくて強引に居座ってしまったバルバトスは、彼が少しでもこの音色に癒されてくれればいいと願い、ライアーを奏でて唄い続けた。



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2023-11-22 公開



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