陽が暮れることのない箱庭では時間の経過は分かり辛かったが、バルバトスがモラクスの洞天を訪れて、もう間もなく1週間が過ぎようとしてた。
二人は最初に顔を合わせて以降、言葉を交わすことはおろか、その姿を互いに目にすることもなかった。
それはモラクスがその間殆ど床に臥せていたからで、彼は摩耗の進行を食い止めるために深い眠りについていた。
バルバトスの唄声はその間も殆ど止むことは無く、時間が経過してもその美しい音色は変わらない。
眠りながらも聞こえる詩に、モラクスが覚えるのは安らぎ。
まるで心を包み込むような音色に、旧友が残した毒に蝕まれたソレがゆっくりと浄化されているような感覚を覚えた。
時折目覚めていたモラクスは、その度窓から聞こえる唄声に、バルバトスがまだこの箱庭にいることを知る。
悪友が自身の洞天に留まり続けている事に安堵するようになったのは、いつごろからだろうか……。
(癒しとは、このことか……)
寝床の天井を眺めながらぼんやりとした思考で考えるのは、己の状態が改善した理由。
旧友を屠りここに籠った際、自分は確かに摩耗を感じていた。
近い将来旧友と同じ末路を辿ると覚悟し、できることなら自らこの生に幕を下ろそうとすら考えていた。
だが、それが嘘のように、今は己の先を考えることができる。
この先もずっと変わらず璃月を守り続けると、強い決意を取り戻すことができたのだ。
それが何故かは、考えるまでもない。
モラクスは天井から窓へと視線を移す。
暖かな日の光が差し込むそこから吹き込む風は穏やかで、聞こえる音色は心に安らぎを与えてくれる。
バルバトスが言った『もう少し唄いたい』と言った言葉は、彼なりの気遣いだと言うことは分かっていたが、まさかあれからずっと唄い続けるとは思わなかった。
唄うことが好きだと言ってはいたが、およそ1週間唄い続けるなどどれほど好きでもしないことだ。
元より自由を愛して気の向くままに漂う風の化身であるバルバトス。
その彼が、1週間も同じ場所で唄い続けている。
その理由を尋ねれば、きっとこう言うだろう。
『気分が良くてつい熱中しちゃった』
と。
自分のために唄い続けていたなど、問い詰めても認めないことは分かっていた。
だが、モラクスは例えそれがバルバトスの本心だとしても、自身が癒された事実は変わらないと薄く微笑んだ。
「随分大きな借りができてしまったな……」
見返りを要求することはしないだろうが、あの呑兵衛のことだ、酒を呑みたいと強請ってくるに違いない。
1週間も酒を呑まずにいるなんて、バルバトスにとっては拷問に近かったのではないだろうか。
それでも自身の欲を後回しにしても唄い続けた悪友。
モラクスができる限り彼に報いたいと思うのは、当然だろう。